炎下【PDF】
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発行日 : 2002.07.20(初版) 標準プリントアウト時 A6(文庫サイズ)/ 90ページ / 2.4MB ●TV本編を土台とし、戦闘能力や環境を少しアレンジして自分好みに仕上げたシリーズの第2作。『戦死の世紀』の続きです。強くて怖い烈火と戦います。 ●登場人物は征士、当麻、遼。 ●カップリング未満ですが、かなりラブラブ?(笑)
〔本文見本〕
「妖邪門が現れたぞ」 征士が言ったのは明け方近くのことだ。この時当麻はベッドの上で身動きを取ることすらできず、伏して荒い呼吸を繰り返していた。心配して覗き込んだ征士が肩口に触れると、漸く僅かに顔を上げる。 「…すげえ、楽」 引こうとした征士の手を掴み胸元へ抱え込む。そうして少しの間目を閉じ、当麻は息を整えた。 「また位置が変わった」 怪訝そうにベッドへ腰を下ろした征士が、当麻から目をそらし低く告げる。半分だけカーテンの引かれた窓には、窓枠とカーテンとの間にぴたりとはまるよう、未だ暗い空にごく淡く赤黒い光を放つ巨大な門が浮かび上がっていた。 「移動?」 またか、と気が重くなる。これまでにも四つの門の囲む範囲は確実に広がってきていた。それは必然的に、彼らの戦闘区域が拡大していくことを意味していた。つまり、彼らの負担が増すということだ。 「いくつ出てる?」 「一つ。北に」 征士が当麻へと向き直す。外からの明かりに微かに輝きを返す金の髪が、当麻の視界の端にかかる。 北、というのは北西の門のことだろう。四つのうちのここから一番近い門だ。だが、まだ一つだけ。それならもう少し休んでいてもいいだろうか。そんな気弱な考えが浮かんで、当麻は密かに苦笑した。 ゆっくりと目を上げる。 「俺たちはその中にいるな?」 征士は無言で頷いた。 彼らの言う『内側』の概念は、普通の建物とは逆向きになる。北東と南西、南東と北西の門はそれぞれ門そのものの正面同士が向かい合う。本来の門という構築物の役割からすれば、そこは門の『外側』の筈だ。だが今彼らは、門で囲まれた範囲を内側と見ていた。 「様子を見に行こうかと思ったのだが…」 当麻の額に浮かんだ汗に、征士は言葉を切った。天空は置いて行った方がいいだろうかと考える。 「そんなに酷い瘴気は出ていない筈だが?」 門の内側には、次第にそれぞれの門から吹き込む妖邪の『気』が満ちてくる。門が二つ三つと増すごとにそれは邪気をも増し、やがて瘴気と呼べる程の毒気を伴って人々の心を狂わせていくものと考えられる。 まだ実際にはその段階へ至ったことは無く、彼ら自身も門の現れている時に鎧を纏わぬ姿でその場へ踏み込んだことは無かったが、目の前の当麻は見たところその気にあてられているように思われた。 「何でお前平気なんだ?」 聞きたいのはこっちの方だ。当麻は口にしながらのろのろとベッドの上に起き上がった。取っていた手を放した隙に、征士が傍を離れる。 「あ、おい」 途端に両手をついて当麻は前屈みになった。背を丸め大きく肩で息をつく。息苦しさと強い吐き気。目から頭へと抜けていく痛み。何より辛いのは、胸に押し寄せてくる感情だった。覚えの無い怒り、謂れの無い憎しみ、彼をせせら笑うかのような不快な嘲り。 「誰だよ…」 呟いて頭を振る当麻に、戻って来た征士が、彼らと鎧とを結ぶ宝珠を差し出した。テーブルの上に置いてあった天空のものだ。 「どうだ?」 「ああ…だいぶ楽だ」 頭痛や吐き気はおさまるようだと、透明な珠を握り締めて当麻は思う。だが逆に、感情の波動は激しくなったのではないだろうか。 目を上げると、征士はまだじっと彼を見下ろしていた。伺いを立てるように当麻はその目を覗き込む。何だ? と問い返す視線には、どこかじれったさが感じられた。 そろりと当麻が手を伸ばす。 「うー…やっぱ楽ー」 征士の左腕を掴んで当麻は言葉を漏らす。そのまま腹にもたれ掛かるのを、征士は何か考え込むように見ていた。 鎧の加護を受けた戦士である彼らの方が、一般の人々よりも妖邪の力に反応しやすいのは確かだった。反する力だから反応するのか、それとも同類のものだから感じるのか、それは定かではなかったが、その存在を感じ取ることは彼らには必要なことだった。 その中で、それぞれの鎧が、流れ込む妖気を浄化していることもまた確かだろう。光輪や先日会った水滸の鎧は、特にその力を強く持っているらしい。だから光輪が大丈夫でも天空にはきついということはあり得るが、それでも、今までもっと強い瘴気の中でも平気で戦っていた天空が、今回に限りこんなにも苦しむのは納得しかねた。 「当麻」 眠っているのではないだろうな。 自分に体を預けたまま動かない当麻に、不審そうな征士の声が掛かる。暫く待ってもう一度呼ぼうとした時、漸く当麻は体を少し離して答えた。 「大丈夫。起きてるって」 それでも征士の腕は放さなかった。小さく苦笑して、征士が再びベッドへ腰掛ける。 「私は外の様子を見に行くが、お前はどうする?」 うーん、と唸り、当麻は見つめ返す。動きたくないというのが正直なところだったが、これまでと何が違うのかを確かめたい気持ちもあった。 「鎧を着れば平気になるか」 「かもしれんな」 よし、と当麻が気合を入れてベッドから抜け出した。